※ 本題に入る前に訂正というか改正します。
『横山光輝・読み切り①』と称し、『まんが浪人』を
記事にしましたが、手塚治虫の記述に記憶違いが
浮かんだのです。
手塚が横山の力量を試すつもりで依頼した作品を
収録した本書。
2010年発行・小学館クリエィティブ
この書にマンガ研究家の中野晴行の記述によると。
漫画出版社・東光堂の社長が横山を手塚の家に連れて行ったように
思われているが、これは手塚の勘違い。
横山は漫画家としては先輩だった"東浦美津夫"に手紙を書いており
これが縁で二人の交流が始まる。
東浦は当時、兵庫県三田市在住で年齢も近く、漫画家の先輩後輩で
なく同じ道を志す仲間として横山とつき合った。
二人で誘い合って宝塚に帰省中の手塚治虫を訪ねており、手塚との
関係もこの頃に生まれたものと思われる(昭和55年)
東浦によると、たしかに手塚は横山の原稿を見て「上品な絵だ」と
感心していたが、見たのは『魔剣列剣』ではないという。
長編の原稿を東光堂に持ち込んではどうか、というアドバイスもした。
おそらく、東浦の紹介で横山の東光堂からの単行本からのデビューが
決まり、その原稿をちょうど東光堂を訪れた手塚に社長が見せたもの
と思われる。
当時、手塚はまだ東京・雑司ヶ谷の並木ハウスの仕事場兼住まいから
定期的に宝塚の実家に戻っており、その際には必ず東光堂を訪問
していたのだ。
また、手塚が見たのは『魔剣列剣』ではなく、『音無しの剣』だったの
ではないか。
いずれにしても、手塚の頭には神戸在住の優れた若手漫画家がいる、と
いうデーターがインプットされたのは間違いない。
これが、手塚治虫原作、横山光輝画の一連のリメイクに繋がったのだ。
話が長くなった。
どうにかして読み手に分かって欲しいとの悪いクセだと思う。
今回の目玉である。
光文社刊「少年」昭和33年11月号付録
誇大広告である。
立体に見るためにはコレが必要である。
透明のセロファンに赤と青のマジックで塗っても良い。
デジタル時代に似つかないアナログなのだ。
私としては全編画像貼りをしたいが、現在も買取屋で売られている
ため、ところどころ削除した。
なにせ、30,000円(税込み33,000円)もする代物、営業妨害罪に
なりかねないのだ。
このままでも良いが、プリントアウトするのも良いだろう。
※ もちろんレプリカである。

